いざ長島愛生園へ
2017年6月5日(月)
梅の木園・大日学園・未来図の職員15名で
岡山県にある長島愛生園へ研修に行きました。
ハンセン病の人々を隔離していた島・・・
長島愛生園は1930年にハンセン病の国立療養所として誕生しました。
ハンセン病はうつる病気、遺伝する病気と間違った知識が広まり、
本人だけでなく家族も差別を受けました。兄弟に患者がいることを理由に
婚約が破談になることもありました。
ハンセン病の有効な治療法がなかったことを理由に、国の政策として
病気に感染した人を島に送り、島ごと隔離していたそうです。
(写真は入所者専用の桟橋「収容桟橋」です。)
収容所で・・・
この写真は収容所の一室です。多い時は20床ほど並べられていたそうです。
患者はみんな、収容所でクレゾールの入った消毒風呂に入れられ、全身を消毒しました。
男女関係なく、裸にされて写真を撮られたことも聞きました。
こんなにきれいな島なのに・・・
隔離された生活がつらく脱走する患者もいたそうです。
脱走した患者は監房に収監されました。
この写真は島の中腹から海を見下ろして撮影したものです。
こんなにきれいな景色ですが、足元の道路の下には監房跡が埋まっています。
現在の長島愛生園
1988年には邑久長島大橋が完成し、「人間回復の橋」と呼ばれました。
現在では、ハンセン病の治癒後の後遺症がある約180名の方々が
生活しておられます。視覚に障害がある方のために、道の曲がり角やゴミ捨て場などに
目印としてラジオが聞こえるスピーカーが設置され、人々の生活を支えています。
しかし、現在でも家族への差別を恐れて園内名(偽名)で生活している方もいるそうです。
私たちがまず「知る」ことによって、正しい知識を周囲の人に「伝える」ことで
このような悲しい歴史が繰り返されることがないよう、
声を発していける人になりたいと感じた研修でした。